天と地のあいだ

福井県勝山市にある、スカーフ&ライフスタイルショップnimbus(ニンバス)。勝山市には建築家・磯崎新が設計した2軒の住宅がある。そのうちの1軒について住宅から店舗へと改修設計(我々はチューニングと呼ぶ)を行ったものである。
 元の住宅は、もう一軒の磯崎新設計の住宅である中上邸(1983年竣工、GAHOUSE14号掲載)を訪れて、その空間に魅せられた当初のオーナーご夫妻が磯崎新に設計を依頼、基本構想が固まりつつあった段階で、元所員である伊東孝が設計を引継ぎ1986年 に竣工した。新建築住宅特集87年3月号に「福井・勝山の家」として掲載されている。一昨年、店舗使用を前提に現在のオーナーがこの建物を取得。オーナーが代わったことにより、初めての見学会が開かれた。

 

 打放しコンクリートの四角い箱のような外観は、やや変わった開口部のかたちをしているが、もう一軒の中上邸に比するように、突飛でもなく目立つことなく建っていた。勝山市役所の隣という比較的目がつきやすい場所に建っているにも関わらず、地元でも中上邸以外のもう一軒の磯崎住宅がどこにあるのか、あまり知られていないことを現在のオーナーから聞いた。雪深い勝山での暮らしの中で、年月相応に汚れた打放しや、更新され増設された設備機器や配管類が外壁にまとわりついていたことも、この住宅を目立たなくしていた一因かもしれない。
 建築の中に入ると、かつてリビングルームとして使われていた二層分吹き抜けた空間がある。巨大な球体がめり込んだかのように、天井の真ん中が窪んでいる。特徴的な開口部から入ってくる光の動きがあり、それを映し出す鏡のような白い大理石のモノリスがある。リビングルームという部屋を超えた、静謐で宗教的な抱擁感あるいは公共的といえるスケールを感じる空間である。

 

個人住宅のリビングという用途を超えた空間、公共性すら感じる空間を店舗として扱うこと、店舗として不特定な他者が入り込む空間となることが、この空間の本来の質を高めることになり、また未来へとつながる、生きられた建築になると考えた。では、この公共性を感じる空間はいったい何に基づいているのか。

 

 この建築の打放しのパネルには525mmのセパ穴割付を優先して2100㎜×1050㎜のパネルが用いられている。断面方向もこの1050mmのモジュールを基準に階高が設定され、平面・断面共に厳密に1050mmというグリッドを下敷きにこの建築は設計されている。

 

磯崎新ともう一人の設計者である伊東孝は、磯崎アトリエ在籍時につくばセンタービルの担当者だったという。この空間にはつくばセンタービルと同じ1050mmというグリッドが用いられている。

 

コンクリート躯体の中に組み込まれた様々な表情(天井のドームであったり、白い大理石のモノリスであったり、アルカイックな開口部であったり)を感じ取るために、厳密なグリッドが設定されているとも言える。日本人にとって馴染み深いスケール(910mm×1820mm)よりやや大きなスケールを用いることで、身体的な感覚とずれた、自立した幾何学形式が優位に立つことが意図されていた、と言えまいか。身体性に先立つ、幾何学性の優位。強い幾何学の構成、躯体の強さの下で、何をするべきか、何をしないでおくべきか、その見極めからこのプロジェクトが始まった。

 

まずはコンクリート躯体の可能な限りの保護に努めた。屋上防水や排水ルートの改修、打放しコンクリートの補修及び表面コーティングの再塗装を行った。また幾度もの設備工事によると思われる配管が無数にあったため、不要な配管撤去を行った。

 

インテリアについて、既存の磯崎建築の強い形式性を持つ打放しコンクリート躯体(1050mmグリッドや天井ドーム)を「天」、その下での人の営みを「地」に見立ててみた。天と地の間でスカーフや雑貨達が、雲の様にふわふわと漂うような、やわらかい可変性を持つ臨機応変な商品展示(組み換え可能な大きなテーブル、吊りワイヤー用の壁に設置した丸環)を意図した。既存什器カウンターの塗り替え、床の張り替え、新たな什器の仕上げ等に、既存躯体とスカーフ等の商品が共存するよう表面のチューニングを行っている。打放しのパネル割りにも用いられた1050mmグリッドの写しとして什器寸法を設定した。天板表面にはスカーフを引き立たせ、かつコンクリート躯体も引き立たせる素材として、軽さと硬さを感じる、ホワイトとシルバーのメラミンを使用している。また人の手に触る、座る、身体的スケール感を感じる箇所には経年変化しやすいラワンベニヤを用いた。硬いグレーのコンクリート壁と柔らかいタイルカーペットの床の間にあるカウンターの扉には、相反する質感を調停するスピーカーサランを用い、また対面に立つ大理石の壁の質感とも向き合うこととした。表面のチューニングを通じて、硬さと柔らかさが同居した建築が生まれた。

 

我々が大切にしたことは建築を「リノベーション」するのではなく、チューニングを合わせるように設計をすることである。そもそも建築は時代に合わせて最適なチューニングをなされて設計されていると言える。しかし、時代を重ね、所有者が変わり、用途が変わると、当然のことながら当時の最適なチューニングからズレが生じる。そのズレをそのまま生かすのか、改修するのかという作業を一つ一つ選択し、チューニングし直したのがこのnimbusである。

 

 一見すると何も変わってないと言えるし、ガラリと変わったとも言える。この「変わっているようで変わっていない」という感覚こそが、チューニングという行為の醍醐味である。そもそもチューニングという行為は、些細な変化をもキャッチする行為が求められる。よってチューニングするということは、物事に敏感で、些細なことを観察するということである。チューニングという手法は、コンセプトありきの建築手法とも違うし、今までの「リノベーション」という手法とも異なる。チューニングは、その都度コンセプトが流動的に変化し続け、それにより付加価値も変化し、その変化に機敏に反応し、カスタムしていくことである。
 この建築に様々な公共性を持たせること。1050mmという大ぶりなグリッドにより部屋という単位を超えた公共空間という単位を備えること。個人住宅という機能から店舗という機能へと代わることで、他者からも必要とされる公共性を備えること。そしてドームという形態の持つ宗教的な包容力を備えた公共性を備えていること。これらの様々な公共性は、個人の想いを超えた持続性が生まれるきっかけであり、生きられた建築になるための下地のようなものである。

 

今回オーナーと共に、この建築を店舗として用いること、この空間を生かすために行うこと、行わなくて良いこと、を議論することを可能な限りオープンに行ったことが、この建築を開くことにつながっている。

 

 

・共同設計:清水 俊貴(福井工業大学)
・家具製作:UNiR FURNiTURE
・施工:水上建設株式会社
・写真撮影: 野田 恭平
□店舗名:nimbus
□敷地:福井県勝山市
□敷地面積:181.2㎡
□建築面積:109㎡
□延床面積:155㎡
□原設計(意匠):磯崎新アトリエ
□原設計(構造):木村俊彦構造設計事務所